こんなにも「優しさ」に溢れたアルバムを僕は知らない。
もうね、アルバム聴いた後にこのタイトル見るとそれだけで涙出てくるよねほんと。
"HELP EVER HURT NEVER"の意味、「常に助け、決して傷つけてはいけない」というインドの聖典由来のメッセージをタイトルに掲げる本作。
コロナ禍で深まる人々の溝、SNSでの誹謗中傷や対立、アメリカではBlackLivesMatter運動の暴動化。うんざりするような負の感情スパイラルに、「違う、そうじゃない」と優しく浄化させてくれるような大傑作になってると思う。
アルバムについて
はっきりと「歌謡曲」でありながらも、近年の潮流であるブラックミュージック、あるいはトラップ等のビート感を随所に盛り込んだ楽曲群。ただ、流行ってるから乗ってやろうというものでは無く、藤井風というアーティストが真に自分に「しっくり」くる愛してやまない音楽達を取り込んで作ってきたら自然とこのようなアルバムに仕上がったというのが20周くらい聴いた感想。
ポップスもソウルもジャズも全て血肉としつつ、日本で大衆に愛されるメロディと普遍的なメッセージを含む歌詞、そしてもちろん鍵盤演奏者としての卓越したスキル・・・ファーストでこのレベルの高さかよと驚嘆しかない。彼だけの話じゃないが最近のアーティストのファーストアルバムのクオリティは異常。
セルフ翻訳付き
フィジカルで買ってない人向けに補足。なんとこのアルバム、自分でセルフ英訳してる。マジですごい情熱や。日本語歌詞の横についてる。
そんなアルバム見たことある?
だけど世界に向けてメッセージを発信したいとか、マーケティングのため~とかじゃなさそうなんだよな。むしろ、「ワシの友達英語話者多いけぇな、日本語じゃわからんから意味わかるよう英訳したんじゃ。」くらいの方がしっくりくる。そんなパーソナリティを感じてる。
楽曲について
これから聴こうと思ってたアルバムがもう聴けねぇよ、マジで。生半可なアルバムがほんとにチープに聞こえちゃうから、そこは注意な。
1. 何なんw
THE キラーチューン。アルバムの冒頭からアンセムをパナしてくるタイプ。
初めてタイトルを見た時、「単芝とかwww」って一瞬敬遠しかけたんだけど、しなくて良かった、マジで。アルバム通して聴くとわかるんだけど、実は歌詞が男目線で描かれている曲は実は貴重で、この曲と『さよならべいべ』しかない。
この曲に関しては藤井風メソッドとも言うべき歌唱に注目したい。藤井風は使える声色全部使ってるんだよね。深い低音、ファルセット、ウィスパー、フェイク、スキャットと、この曲はもう全部乗せちゃいましたぁ!くらいフルセット。小樽の全部乗せ海鮮丼みたいなもん。ライブはまだ行った事ないけど、オーディエンスが全力で「何なん!!」を歌うハピネス満載な光景が目に浮かぶね。
特にこの曲はリズムの取り方や声色がちょっと久保田利伸入ってる感じがとても好み。
英訳タイトルはWTF lol。なるほど・・・lol=wか
2. もうええわ
ガチのスルメ曲。『何なんw』で藤井風に入門し、ラジオでかかる『優しさ』にヤラレ、『もうええわ』で完全に落ちる。こんな流れのリスナーはめっちゃ多いはずだ。
もうええわの繰り返しが産むグルーヴがクセになるけど、歌詞も染みる。
みんな 先が見えない夜道を 共に 迷い歩く夜更け時
うつむかないで 怯えないで 閉ざした扉 叩いて
解放がテーマなこのアルバムに根拠を与える一曲。「内なる風に吹かれて」、呪縛から解き放たれることができるスルメ曲。
3. 優しさ
初めて聴いた時、この曲絶対ドラマか映画のタイアップしとるだろと思ったんだけどね。何度も聴く内に、いや、むしろこの曲をモチーフにした映画取るべきだろ、って強く思った一曲。
ちっぽけで からっぽで 何にも持ってない
優しさに 触れるたび わたしは恥ずかしい
このワンフレーズだけでもうご飯15杯いけちゃう。オールナイトニッポンで「歌詞はメロディーに呼ばれる言葉を探せ」ってキラーフレーズをかましていたが、正にそういう事やね。
あと、ラスサビ前の"Ahhhhh"ね。なんでこんなにも慟哭のようで歓喜のように”Cry”できるんだろか。ライブでもこの部分完璧に表現してて完全に脱帽でした。
4. キリがないから
アルバムで一番ダンサブルな曲。MVではロボットとダンスを踊るというダンスまで披露してやがる・・・神か?
トラップっぽいビートに風さんの軽快な韻が乗ってよりリズミカルにノレル仕様になってる。
何も知らない十四の秋 いつまで引きずる中二の時
ここらでそろぼち舵を切れ いま行け、未開の地
綺麗にaiで踏み切ってるって訳じゃないんだけど、小節のケツで合わせるだけじゃなく、所々踏んでいく韻は聴いてて気持ちがいい。
5. 罪の香り
この曲はイントロと「おっと 罪の香り」に尽きる。
前のトラックからの昭和歌謡への振れ幅。何?ステージ下から郷ひろみがせりあがってくる音なの?
そして「おっと罪の香り」というフレーズな。「おっと」とくっつけるのに「罪」ほど想像つかない言葉ないでしょ。しかもその後「抜き足 差し足 忍び足」とか・・・頭おかしいでしょ(とても褒めてます
あと、ここの歌い方もひろみGOフレーバー感じるね。
類まれなるメロディー&ワードセンスを感じられる中盤の大黒柱的一曲。
6. 調子のっちゃって
この曲は特にイヤホンでウッドベースとパーカッションにしっかりと耳を傾けて見て欲しい。後半とっちらかり過ぎだろ、とツッコミたくなる程右に左に転がるビートが半端ない。
調子にのんないで!!のシャウトの後の最後のウィスパーのギャップで殺す、限りなくエロい曲。
7. 特にない
いやいや、特にあるわ!と言いたくなるこの曲は実はストーリー構成が入り組んでる。
一見(一聴)、淡々と「特にない」、「望みなどない」、「渇きなどない」と歌われてるんだけど、英語詞の部分は正反対の内容を歌っていて、2重構造になってる。
心がもう気にしないって言ってる~中略~
誰かわたしに愛を取り戻して
ラストの「満たされてる」の歌い方にしっかりフェイクがかかってて、自分が嘘をついていることを暗示してるようにすら感じる深さを持った曲。
8. 死ぬのがいいわ
タイトルがエグいがそれよりもビートがえぐい。そして印象的なピアノのリフレイン。そして藤井風ボーカルの「低音」を一番味わえる楽曲。かと思いきやオクターブ上がったりして、激情型の女を表現する力には驚かされる。激重な歌詞も合間って振り回されてる気がして結構抉られる。ちょっと疲れる。
9. 風よ
この曲のピアノが一番好き。ピアノで始まり、ウッドベースが乗るシンプルな前半。
で、後半はR Kellyみたいな大フェイクが入る。僕もこんだけ綺麗に階段降りてみたい。
自分の名前をタイトルに持ってくるだけあって、セルフボースティングとは言わないまでも、自己をもっとも表現した曲な気がする。
暮れる 町の侘しさも変わる 人の空しさも全部 乗せて風は行く
流れゆく 雲に乗る
この風に乗って僕たちの虚しさとか寂しさをどこまでも吹き飛ばして欲しい。
10. さよならべいべ
これまたライブで盛り上がりそうな曲。上京する時の心境を歌にしたそうだけど、男女の歌にも取れるし、何か執着するもの・生活にさよならべいべする心境にもマッチする普遍性を持った歌詞。
僕もつい拘りは中々捨てる事ができないタチだけど、「別れはいつか通る道じゃんか」というフレーズを聴いてそりゃそうだよなって少し気が楽になった。なんでこんなにスッと受け入れられるのか知らんけど。
時間てこんな 冷たかったかな
も相当パンチライン。
11. 帰ろう
アルバムのラストを飾るにふさわしい、間違いなく今作の白眉。
歌を聴いて久しぶりに泣いたよね。
この歌詞は自分の中で今後の人生で何度でもリピートしたいフレーズになった。人生何回目でこの歌詞書けるんか知りたいわ。
ああ 全て与えて帰ろう ああ 何も持たずに帰ろう 与えられるものこそ
与えられたもの ありがとうって胸をはろう
待ってるからさ もう帰ろう 幸せ絶えぬ場所 帰ろう 去り際の時に何が持っていけるの
一つ一つ荷物手放そう 憎み合いの果てに何が生まれるの わたし わたしが先に忘れよう
この"HELP EVER HURT NEVER"を最後に包み込み、そして解き放ってくれるような優しい楽曲。こういう楽曲と出会う為に音楽聴いてると言ってもいい。
いかがだったろうか
もう最後とかただの感想ですよね? と言われてもしょうがない感じだが、とにかく、この作品に出会って良かったと思わせてくれるアルバムがここにリリースされた。
あぁ末恐ろしい。藤井風はリアルタイムで聴いていた事が後世に自慢できるアーティストになると思う。マストチェックアーティストとして今後も追いかけていきたい。