あなたは怒りっぽいですか?どうしようもない、やるせなさを感じてしまう事がありますか?
なんか怪しい自己啓発書の冒頭みたいになってるな。
え、僕ですか? 答えはイエスです。
自称、人間湯沸かし器。
人としての器がおちょこくらいしかない僕なんですが、藤井風の歌詞を聴く前と後ではちょっとだけ、されど明確に優しくなれた気がするんですよね。実際かなり感情もコントロールできるようになったし。
HELP EVER HURT NEVER
(常に助け、決して傷付けない)
LOVE ALL SERVE ALL (愛全奉全)
この概念が彼の音楽の根底に流れていて、怒りや悲しみをポジティブに昇華していく作用があると信じている。アンガーマネジメント*1って言葉があるけど、それこそ僕にとっては藤井風の音楽が最強のアンガーマネジメントなんでそれをシェアしたい。
どのくらいの怒りを抑えられるのか
人間誰しもずっとハッピーになんてありえないし、理不尽や許せない事はあると思う。それこそ怒りって大小色々あるしね。
この記事では、後で振り返った時に「何で怒ってたんだっけ?」とか「あそこまで怒るほどじゃなかったな」って反省するレベルくらいの感情がターゲット。
それくらいなら十分効きます。(自分調べ)
だから「キレちまったよぉぉぉ・・・」ってなった時でも、深呼吸して頭の中で歌うなり、冷静になって曲を聴いてみてほしい。
では曲を紹介していく。
1. もうええわ
ド直球。この曲を語らずして何を語るのかってハナシ。
藤井風の歌詞が紡ぐ概念の一つとして「捨てる」というキーワードがある。この『もうええわ』はその代表格。基本的に怒りというのは何かに執着するから生じる訳であって、それを捨てさってしまえばええじゃないかという発想。
そういう意味で言えばこの曲全てが当てはまっちゃうんだが、長めに抜粋する。
巻き込まんとって泥沼
意味もなくただ傷付けられそして傷付け
繰り返すだけ
ぬけた 阿呆なゲームいちぬけた
夜が 冷めた風に吹かれてた
なんでもそう。誰も意味もなく傷付けられたくないし傷付けたくなんてない。それでも僕らは繰り返してしまう。そんな阿保なゲームからは抜けてしまおうというメッセージ。
僕は怒りが収まらない時、特に他者の泥沼に巻き込まれそうな時にはこのフレーズを頭の中で反芻(はんすう)して、負のスパイラルからいちぬけた宣言してしまうようにしている。
そんなクールな風に吹かれてしまえばまた頭も冴えてくるってなもんですよ。
もうええわ 甘い夢ばっか見させんといて
もうええわ 要らんことばっか聞かせんといて
もうええわ 手放したいもの今全て この空に捨てて
もうええわ 何が大切なん?よう選んで
この「何が大切なん?よう選んで」は特に響いた。あなたにとって本質的な、最も大切なものは何かをあらためて考えさせられたというか。
色々あっても「もうええわ」と流せる自分でありたい。いやほんとに。
2. へでもねーよ
藤井風というアーティストが最も怒りを直接的に表現した曲。
これで一回暴れてしまって、後は冷めていくという方法もある。
慎ましやかに生きていきょんのに
いつもなんかが邪魔をするんじゃわ
こんな時ゃ人目もはばからずに
踊れ
まずはここ僕やんと。気づいたらいつもなんか降ってくるんですよね、たらいが。何も考えずにビートに乗っかってヘドバンして解消するしかない時もある。
極めつけはココ。
あんたの軽ぃディス へでもねーよ
あんたの軽ぃヘイト へでもねーよ
あんたの軽ぃマウント へでもねーよ
へでもねーよ それでえーの?
ある意味強がりかもしれんし、十分喰らってる時もあるだろうが、「へでもねーよ」の一言で怒りを飲み込む。パンチだろうがキックだろうがブロウだろうがディスだろうがなんだろうが、全て受けきる。
このフレーズで好きなのは「それでえーの?」と問いかけてるところ。
「そんな攻撃してるアンタ、器その程度なん?」って感じでお返ししてる感じが好き。
神様、力をちょうだい
一人じゃ何も出来ない
このギャップね。強がりと弱さが同居している感があって一曲の中で感情が揺れ動くのも人間らしくて好き。曲調の変化とともに感情も変化していくのが音楽にしかできない表現ってとこも重要ポイント。
3. キリがないから
キリがないから
ここで終わらすだけなの
さもなけりゃ 永遠に 永遠に 彷徨うザマ
もうね、解説の余地も無い。
『キリがないから』で一番好きだし口ずさんじゃう歌詞。「彷徨うザマ」という韻を踏んでリズミカルにしながら、意味も通った印象的な歌詞。無様な自分にならないよう心がけるのみ。
怒っても憎んでもキリないんすよね。相手が終わらせるんじゃない、終わらせる主体は自分だと言い聞かせるようにしてる。
4. ガーデン
曲が好きすぎるが故に過剰に自分に効いている可能性もあるが、折に触れてこのフレーズを思い返す。
季節に身を置いて 流れに身を任せ
なるようになるだけ 受け入れて そのままで
流した涙だけ ふりまいた愛だけ
豊かになる庭で
結局はなるようにしかならない。けれど自分のできる限りの事を、やるだけやる事の大切さを言われているように感じてる。怒りや悲しみで泣いた夜もあったことでしょう。それでも流した涙、かいた汗、燃やした血潮、その全てが愛であり、その分心が豊かになっていると確信できる。
そんな事に気づかせてくれるこの歌詞に何度も勇気をもらっているし、自分を収めている。
5. まつり
この楽曲についても相当救われている。
で、一体何がほしいわけ
誰に勝ちたいわけ
なかなか気づけんよね
何もかも既に持ってるのにね
怒りと一口に言っても発生源は色々だ。
そん中でも「誰々と比較して負けている」とか「勝っている」という発想が怒りを生むケースがあるが、そこに効く。「そもそも、誰に勝ちたいんだっけ?」という自問すれば結構冷静になれる。
あれもこれもが有り難し
苦しむことは何もない
肩落とすこた一切ない
ない ない
先に挙げた「何もかも既に持ってる」は色々と解釈できるが、例えば「今自分が生きている今日は誰かがどうしても生きたかった明日だ*2」と発想すれば「あれもこれもが有り難し」と思う事ができるかなと。嫌な事があっても肩落とすことなんて一切ないのよ、ほんと。
6. やば。
気づいてほしい 認めてほしい
それだけの行為だった
返してほしい 愛してほしい
そんなの愛じゃなかった
まずはここ。誰でも気づいてほしいとか認めてほしいとかありますよそりゃあ。
再生数、閲覧数、リツイート、いいね。こんだけ結果が可視化された世界で見返り求めないなんてはっきり言って無理ゲーです。
でも少しだけグッとこらえて、無償の愛とまではいかずとも「帰ってこなくてもまぁいいや」と思うのは大事かなと。
求めて 探して 見つけて 失ったけど
追いかけ続ける あの絵空事
ここも超好き。絵空事でも理想論でも空想でもなんでもいい。失敗と成功を繰り返して絵空事を追いかける自分を誇りたい。
で、極めつけはこのフレーズ。
さっさと行こうか
もっと遠くへ 高いとこまで
その目を覚まして どこまでも
どこまでも
「高みにいく」なんて実践できてる訳じゃないけど、そういう気概を持って日々を生きていたら下らない奴らのしょうもないディスは気にならなくなる。「え?まだそこ?」みたいな。僕忙しいんでそんなんに構ってられませんわと思えたメッセージ。
こんだけモロR&Bの曲調で色恋沙汰を歌わない曲が他にあったらマジで教えてほしいね。そんくらい本質的な事を歌っている。
7. 帰ろう
記事のトリは最初からこの曲だと決めていた。
歌で救われたとかそういうレベルじゃない。人生の価値観を変えられたくらいの衝撃だった。ある意味で、非常に強い思想とか信念を歌っているにも関わらずこの押しつけがましさゼロな感じが素敵すぎる。
ああ 全て与えて帰ろう
ああ 何も持たずに帰ろう
与えられるものこそ 与えられたもの
ありがとう、って胸をはろう
まずはここ。「与えられるものこそ与えられたもの」という考え方。
自分が与えられた愛は全て人から、あるいは神様から与えられた愛なんだと目が開かされた箇所。ほんと精神年齢何歳なん?300歳?人生5周目?
ここを聴けば「やってやっている」なんてとんでもないね。心の底から「ありがとう」を素直に伝えようかなって思えた時、怒りも少し収まった。
ああ 全て忘れて帰ろう
ああ 全て流して帰ろう
あの傷は疼けど この渇き癒えねど
もうどうでもいいの 吹き飛ばそう
さわやかな風と帰ろう
やさしく降る雨と帰ろう
憎みあいの果てに何が生まれるの
わたし、わたしが先に 忘れよう
じっくり読んでいるだけで涙が出てきそうだが、ここです。
ここに長々と書いてきた事が全て集約されている。
何回「憎みあいの果てに何が生まれるの?」と心に問いかけたことか。傷は疼くしカサブタははぎたくなるし心は渇くしお腹も減る。それでも全部吹き飛ばして次のステージに行きたい時に聴く大切な大切な一曲。そしてメッセージ。
いかがだったろうか?
頭ではそりゃわかるけどさ、実際そうはいかんぜ?という声もきっとあるでしょう。書いてる僕もそんな時の方が多い。
けど、怒らない=何も言わないとか心にしまい込むってだけじゃないからね。
頭ごなしに怒っても解決しない事をクールな頭でどうしたら良いか考えるための、心の持ちようを形成していこうぜってのが今日言いたい事の全てです。
まぁできなかったらできなかったで良いんですよ。だって我々は人生という長い旅路の中で、地球という大きな教室で学び続けている途中なのだから。
人生って色々あるしね!
それでは今日はこの辺で。