僕はレベル40

心が動いたことをかいていく

実はめっちゃ深い。藤井風の新曲『Hachikō』について全力で語ってゆく

藤井風の『Hachikō』が好きすぎる。
音楽的にも歌詞的にも完全に新機軸!僕、魂に首輪つけられてるんかってくらい掴まれてて完全にハチ公ジャンキー真っ最中。
「Doko ni ikō, Hachikō?」って言われる度にしっぽ振って吠えてます。助けてください、ことJ太郎ですワン。

今日は、全世界待望の3rdアルバム『Prema』のリードシングルでもあるこの『Hachikō』について。軽快なリズムとは裏腹に、実はとても深い楽曲な気がしていて、「キャーたれ耳の風くんキャワなんだけど♡」で終わらせるのもったいないんであれこれ語ってゆく。

Why Hachikō??

まずはそうです。なんで今2025年この時代に『Hachikō』なん?ってこと。
リリース前にこのショートが出た時の、は…ハチ公!!??って感じは忘れらんない。

 

くぅぅぅ!まーたかじぇのお茶目っぷり出てるわーw からのぉぉぉ?とニヤニヤしてたらほんまにあの忠犬ハチ公でした。タイトル的には『何なんw』以来の衝撃っていうか。
で、なんで今回『Hachikō』か思いを巡らせてみたんだけど、一つは世界的な「忠犬ハチ公」の知名度よね。
日本で最も有名な犬選手権したら多分優勝。超新興勢力デコピン*1も老獪な動きでかわしちゃう。そんくらい知らぬ人のいない程の知名度だと思うんですけど、海外においてもその人気は凄い。映画の影響等もあり「忠誠心(loyalty)」の象徴としてミーム化されるレベルでの知名度だとかで、もはや世界共通のアイコンと化している。
実際に渋谷行った時にも、ハチ公周りは「え?ここが人種のサラダボウルなん?」ってくらいもうえぐい人混みと多様性に驚きまくった。そんな状況を踏まえると、『Hachikō』はキャッチー且つ「え!?」ってなる素晴らしいタイトルで“ただ待ち続けた犬”ってだけでなく、揺るがない愛、無償の信頼、無邪気さーーーそのすべてを内包した存在ってことも射程に入っていると思う。

そして忍耐強く"待つ"ことの象徴としてのハチ公ですよね。
現代に、“待つ”というテーマをここまで真摯に描ける人、おるぅ
SNSで大量の情報が現れては消え、僕らは今日もショート動画を消費していく。スマホにコントロールされるワタクシ達。自戒も込めて、現代人はもはや無為に耐え難い存在である訳ですよ。そんな時代において、最愛の人を失っても、もがき、修練を続け待ち続けた果ての感動の再会。しかも、忠犬ハチ公の美談をなぞるだけでなく、その象徴性を藤井風らしい「普遍的な愛のかたち」として歌い上げる。それがほんまに凄い。

あれこれ象徴としての「ハチ公」だよということを言ってきたが、今作は風氏本人がハチ公物語(1987年)を鑑賞してインスピレーションを受けた楽。映画も曲も犬とあまり縁が無かった僕ですら号泣したので、現在進行形でワンちゃんと時間を過ごしている、あるいは過ごしていた方々への刺さりっぷりはとんでもないはず。どんな聴き方でも許容する器の大きさが藤井風の魅力です。風って自由なんで。

過去作との違い

で、この『Hachikō』の重要な点が誰の目線で描かれた歌詞かってこと
今までの風楽曲においては"生身の人間"が"理想の自分"を追い求め、もがき、祈るというように、今を生きる人間側からの視点で語られることが大半
一方『Hachikō』においては、"理想の自分≒ハイヤーセルフ"側からの視点で話が展開されている。これは藤井風史的に結構な事件。
そしてその最たる歌詞が"この世で最も頭にこびりついて離れないフレーズで賞"の大賞を受賞した"You've been patiently waiting for mе"だ。

もはや無敵ってわけ

つまり、この御方側視点ってことね。
「どこに行こうハチ公?」という歌詞にしたってそう。基本的には主人がハチ公に対して語りかける言葉なんですよね。
MUSICAにて本人も語る*2ようにこの5年間で本当に色々あった模様。楽しいことも泣きたい程つらいことも併せて、藤井風という最強のアーティストを更に成長させた。
もはや精神性が超越した結果、ハイヤーセルフ側からの視点で"This time I'll never let you go(今度は絶対に離さんよ)"という歌詞すら書けるようになったのだと思うと涙ちょちょ切れる。

きらりへのアンサーソング

あと、この『Hachikō』は、特に『きらり』へのアンサーソングという視点で見るととても面白い。この2曲、所謂四つ打ちのダンスミュージックであり、抜けの良いファルセットサビが特徴だったりするところも含めてそもそもの音楽性がかなり近い。自身でも「きらり2.0」と位置付けるほどの関連性を持っているが、こと歌詞においてはアンサーソングではないだろうかと思う程対応している。

分かりやすいとこで言えば、やはりサビで繰り返される

Doko ni ikō, Hachikō?

どこにいたの?探してたよ

"どこ"という発音的にも強い疑問詞が使われておりその後の「連れてって 連れてって」も完全にハチ側の気持ちを完璧なまでに表している。今までこの歌詞は誰に向けて、どこに連れてって欲しいのかをイマイチ掴みきれてないかったんだけど、ようやくわかった気がしてる。あとこの2回繰り返すことでどれだけ切望しているかを表すのも泣けるんよね。極め付けは「何もかも 捨ててくよ」ね。あらゆる執着やエゴどころか、その体が尽き果てようとも主人への愛のみを追い求める。ハチと主人、あるいは私と理想の自分が最終的に"どこ"で出会えたのかは分からない。死後の世界なのか、はたまた精神世界でついに再会を果たす二人。

この動機が愛以外なんだってんだ。
"死が二人を分つまで"という表現があるが、死すらも二人を分断することはできない。ってかむしろ逆かな。

とはいえ心地良いGood Music

もう僕書きながら泣きそうなんでここで終わってもいいんですけど、やはり音楽的な点にも触れたい。
ここまで語ってきた感動的なメッセージをバラードで壮大に歌い上げるのではなく、今回は踊れるディスコチューンとして表現。で、今作は藤井風が初めて"トラック"から作ったという点がエポックメイキング。

以前の例でいうと『花』は2023年のアジアツアーにおけるマレーシア公演の飛行機の中で作曲した楽曲。その頭の中のメロディを形にしたのがこのdemo。

そしてA.G Cookのプロデュースによって完成に至ったと。

www.youtube.com

作曲⇒弾き語りデモ作成⇒プロデューサーと共作ってのが通常の流れらしい。
ほぼ0の状態から作曲プロセスに入っていて雛形を渡すようなイメージ。

一方『Hachikō』はビートをサー・ノーラン*3が提供し、トラックがある状態からコードやメロディーを選び取っている。
あれっすね。めっちゃ美味しいジャガイモと人参と玉ねぎ用意してますんで!って言われた風さんがその後から料理作るみたいな感じ概ねレールは引かれているのでそこからカレーにするか、肉じゃがにするか、チーズを追加してグラタンにするのかとかをジャッジする、そして『Prema』全楽曲に関わった250(イオゴン)と共に味を整えていく、そんなイメージ。料理と音楽って似てるんですよ、実は。

反復---藤井風的事件

3rdアルバム『Prema』の全体的な傾向はわからないが、海外のプロデューサーを迎えたからには概ね洋楽マナーに沿った作りになっていることが予想される。その中でどう藤井風の色を出していくのか
洋楽は一般的にメロディよりもリズムを重視し、構成もシンプルになりがち。繰り返しが生むグルーヴってのがあって、展開を変えないからこそ高揚感が生まれるってのは確かにあるんですよね。
この楽曲においては、あのコードの魔術師藤井風がコード進行を変えずにループで楽曲を作っている。この点MUSICAにおいては"自分的にもけっこうな事件"やと語っている。
とはいえ、単調になっていないのはVerseによって発声や音程を変化させたりSection毎に音を足したりと飽きさせないための工夫がいくつもいくつも凝らしてあるから。
例えば冒頭、印象的な「Doko ni ikō, Hachikō?」の繰り返しイントロ。最初の数回は静かに始まるんだけど、「One, 2, 3, go」の掛け声とビートのキックが重なった瞬間にハチが走り出すような推進力を生んでいる。
加えて、浮遊感のあるシンセ音と印象的な「どこにぃ…」という声も微妙にニュアンスが変化していく。3回目の「どこにぃ」はなんだか泣きそうに聴こえる。ここはハチが教授を探して「どこに(おるんですかぁ…泣)」ってなってるのかも。そんな変化が、迷いながらも少しずつ前に進もうとする感情の揺らぎを表しているようにすら感じる。あと、「One, 2, 3, go」をあえてワン!と発声しているのは犬(日本式)の鳴き声意味が二重でかかっている。

そして声!やはり藤井風の声は最強。力の抜けた力強い声という矛盾を孕んだボーカルで終盤に向けて声が重なってゆくカタルシスったらない。

こういう細かいことを積んで積んで山みたいになってるからシンプルなループミュージックでも、飽きさせず一瞬で曲が終わる。でリピート⇒エンドレスハチコウループにハマっていく。

反復と言えば?

ここで思い出して欲しいのがMV

こういうのって再会できたところで終わるじゃないですか普通。本作は再会を喜び、感動させるところで終わらず、実際の映像でも風、神風、現世風の3人が分かれてゆく描写があり、また渋谷=現世に戻ってくる。

スクランブル交差点みたいだねって教えて貰ってすげー感心した


自分なりの解釈では「理想の自分」なるものに出会うのは簡単ではなく、出会えたとしてもまた螺旋のように「明日になればさよなら*4」してしまうが故にこの着地点になっているのかなと思う。きっと藤井風哲学をMESS監督がストーリーラインとしても表現した結果なんだろう。
そんなMVにおける物語のループ性楽曲のループ性が対応していたりしてまた面白いんだわ。僕こんな事永遠に考えてられますからね。

いかがだったろうか

あらためて、藤井風がこの曲で表現したいことは、きっとハチ公の美談の再演ではない。「ウチら一人ひとりの中にある“待つ者としての心”を思い出してもいいかもよ」ってことを教えてくれている。
今は全部がすぐに手に入る時代。SNSで誰かと繋がれる。感情も言葉も即反応。
そんな中で、ただ待つこと、信じること、もがき、そこに在り続けることが、どれだけ難しく、どれだけ尊いか。
現代のハチ公ってのは、たぶん僕らみんなのことで、愛する誰かの帰りを待つ、または自分の理想とする未来を信じて精進する、その姿をきっと歌ってる。そんで、よく待っててくれたねって褒めてもらえる。


誰かのために信じ続けてきたことがあるなら、それは間違いなくあなたの"Hachikō"。
僕らの中に確かに存在する、純粋な想い、信じる力、そして祈り。
それらが、藤井風の音楽を通じて、静かに、けど確かに燃え上がる

今は、9月にリリースされる『Prema』をただひたすら待ち続けますワン。

それでは、お元気で。

 

追伸、

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*1:大谷翔平のワンコ

*2:なんとあの激動の2022年についても克明に記述されている涙

*3:音楽プロデューサー。Premaにおける重要人物

*4:graceより

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