僕はレベル40

心が動いたことをかいていく

カゼー・ウォンカが導く理想郷 藤井風の新曲『Feelin’ Go(o)d』になぜ()がつくかについて考えた

「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは過ぎ去るが、見えないものは永遠に存続するからである。」

新約聖書 コリントの信徒への手紙二 4章18節

この一節、藤井風を日々追いかけているとしばしば思い返す。僕はクリスチャンではないんだけど、世界一読まれてる本ってどんな事書いてあんのよってな好奇心で聖書を読んでた時期があるんですよね。カジュアル且つフラットな気持ちで読んだとしても日常に寄り添う大切な考え方がちりばめられていて、上記の箇所なんかは未だに読み返す。

そして、7/26にリリースされた新曲『Feelin' Go(o)d』を聴いた時にも、「目に見えない何か大切なものに触れようとすること」をより一層強く感じた。

そんな、藤井風が新しく世に放った珠玉のメッセージを、音を、大事に噛みしめながら色々と語っていきたい。


www.youtube.com

近況

凪来る。そうです、世界が凪に包まれた約1か月間。USツアーを大成功に納め、休養していたのか、あるいは密かに何かと努めていたであろうチーム風。この間ほぼ新しい情報は出てこなかった。「便りの無いのは良い便り」と思い込んで凪を楽しんでいたのも束の間、その時はふいに訪れる。

 

「明日新曲&MV発表」+MV公開直前QA生配信!

 

は?

砂漠の真ん中でカラカラな僕らの心に突然お恵みが降ってきたもんだから、さぁ大変。情報の交通整理をしつつ、まずは生配信を待つ。さらに、日産スタジアムの2次抽選結果の発表も同日。

今や日本で一番チケットが取れないアーティストと化した風氏、倍率10倍以上とすら言われる狭き門に入れなかった多くのファン達を気遣っての配信だったと思うと少しでもFeelin' Goodになって欲しかったんだなと。泣けちゃうね。

楽曲について

相変わらず前置きが長い。

まずは全体のコンセプトについてだが、一聴した段階で王道POPからは外してきたなと感じた。それもそのはず、所謂アルバムのメインディッシュではなく、本人が「デザートみたい」と語る遊び心満載の楽曲なのよ。

結果的に、4つのシングルをリリースした後の、かわいいデザートみたいな曲になりました。お口に合えばいいな^^

藤井風アプリより       

『grace』、『Workin' Hard』、『花』そして『満ちてゆく』とかいう並べるだけで身体が溶けてゆくようなシングル達の後を華やかに彩るデザートこそが『Feelin' Go(o)d』(以下、FG)だと。コース料理の〆にめっちゃ美味しいデザート来たらテンション上がるやん?つまりそういうことよ。

あえて系統を分けるのであれば、とりわけ『grace』に近しい気がした。風氏、「声の音色」を意図的に使い分けてると思うんだけど、今回は息をたっぷり含んだ声。

ただ、『grace』が驚きの純白だとすると今作『FG』は極彩色の世界を跳ね回るようなイメージ。どちらも色は際立っているが、アプローチは違うみたいな。

プロデューサーA.G. Cook

今作のサウンド面で大きな役割を果たしている立役者。

まず、サウンドプロデューサーが具体的に何をするのかを簡単に説明したい。

「編曲」といってもアーティストとプロデューサーの関わり方次第で変わるもんだが、一般的にはこういうイメージ。

うーんわかりやすい。

『花』を例えにするとさらにわかりやすいんだけど、『花-demo』というそのままでも食べれちゃう極上の素材段階から下味をどうつける?辛味のスパイスはいる?調味料どこ産使うよ?コーヒー隠し味に入れたらコクでね?とか∞を決める料理長がクック氏だと理解すればよくわかるかな?(Cookをかけた超面白いギャグ

こっからこう→

低音からウワモノまでどう鳴らすのが最良なのか。構成をどうするか。場面転換で何を鳴らし、何を鳴らさないのか…そんな途方もない作業を風&クックで寄り添った結果が『花』であり『FG』だってことを今一度意識して聴いてみてほしい。素敵。

なんだか兄弟みたいにFeelin'Goodなツーショット、口角が似てるね

で、この機会にクック氏のリリース音源を掘りまくったのだけれど、むしろ『花』が異質で、『FG』で本来の持ち味を発揮したな感が満載。「ハイパーポップ」、「バブルガムベース」といった類の音楽の祖、と称されるクック氏。彼のプロデュースした楽曲で特に好きなのは爆売れ中のチャーリーXCXの『360』かな


 

本人名義の曲は『Soulbreaker』が好き。


 

ループトラックの上に色々な上ネタがのっかっていくような構成が多い印象。大きな螺旋を浮遊してくような感覚だ。

で、今作『FG』にもそういう色があって、跳ねるファンクサウンド上にそこかしこにおもろい音が散りばめられている。サビ前の55秒に「ピューン」みたいな音が鳴ってたりとか、楽しくて笑っちゃうよね。そんな音的な遊び心に共鳴するかの如くコード職人たる風氏がこちらも遊び心を加えていく。

あと、サビで印象的に鳴るKeyについては風 or クックどっちの発想なのかとても気になるんだけどここはライブで聴くのをとても楽しみにしている。

そんなサウンドに冒頭述べた『grace』的な声の音色が乗る。ただ、『grace』よりも音数が多く、低音圧も強めなので、あえて声が前に出ないアレンジにしていると感じた。もし声が聴きにくいなぁって感じた人がいれば、声を他の音と等しい列に並んだ状態でトータルで調和が取れた一音として捉えると聴こえ方が変わるよ◎

歌詞

そんな楽しく浮遊感に満ちた音なのに、歌っている内容は非常に深ぇっていうのがまた面白いバランス。キラーフレーズだらけだが、まずはこの楽曲のコアコンセプトを表すここっしょ!

忙しない街も黄昏れ 僕らは風に揺られて

心は言葉を失くして 感じられるは愛だけ

単語として「風」が出てきた時めちゃテンション上がる説、あると思います↑↑

風さんがあえてチョイスして出してきた訳だしね。

で、この「心は言葉を失くして 感じられるは愛だけ」ってのは本当に本質的な部分で、自分の深いところに潜ろうとすると逆説的に「言外の何かと対話すること」が求められるのだと思う。だから、あえて僕の言葉でFGで風さんが歌いたかったことを頑張って表すなら、

自分の中にいる神様(的なすごいやつ)はいつもみんなの深いとこにいるんだよ。だから、その声に、鼓動に、なびく風に身を委ねて愛を感じよう。

そんな愛に触れた状態ってきっと心地いいね=Feelin' GoodでありFeelin' Godだね。

って感じだ。だからGoodはGodを含んでるんだよって意味で(o)が付いてるんじゃないかな?この辺りは藤井風哲学の核心に触れる部分なので、まずは心地よき曲やなぁと思ってくれたらそれでいいと思う。

どこもかしこも好きに溢れているが、「胸がうるせえ」と「心配いらねえ」は風氏の男子が出ちゃってるのたまらんし、そんなワードチョイスと曲調のアンバランスさがまたおもろい。無難にいけばこの音像に"うるせえ"とか"いらねえ"は絶対チョイスしないけど、そこは藤井風。多くのフレーズを"e"で〆ているのもグルーヴを保ちつつ、いくつかあえて外した"i"と"a"がおしゃれにすら感じる。ラッパー的には韻の踏み方も面白くって「と化した」&「溶かした」で「助詞+動詞」&「動詞」で踏み方を変えてるのもニクい。

英語詞

最近更に練度が増してきたと全僕の中で話題の英語詞についても触れておきたい。先ほどのこのフレーズ、

忙しない街も黄昏れ 僕らは風に揺られて

Sunset's kissing busy streets As we're swaying in the breeze

忙しない街が夕焼けに包まれる様を"kissing"って…詩人だねぇ。直訳じゃねえ、日本語も英語もトータルで藤井風詞

文脈でいくとここも注目。

闇を抜けて 山を越えて 愛ではじめ 愛で終えて

Go through the darkness Conquer the mountains

Start the day with love End the day with love

愛ではじめて愛で終えるとか…なんて素敵なのよ!って思いながら英詞を確認すると"Go through"とか"Conquer"といったゴスペルでよく用いられるワードチョイス。

かなり宗教的な単語と言い換えてもいい。つまり山を越えてってのは「精神的なヤマを乗り越えて困難に立ち向かう」ことを意味する。

もっと踏み込むとここでいう"love"は"pray"(お祈り)であり"Meditation"(瞑想)なんだと思う。

「ワシの音楽は祈っとるようなもん」という過去の言葉とも符合するんだけど、形だけのお祈りではなくて、神を思うこと、その上で日々を過ごすってことを大事にしていることを歌ってるだと思う。だから「愛で一日をはじめ、愛で一日を終えよう」っていう表現と意味がどんどん繋がってくる。

そんなふうに、日本語にすると巧妙に一枚ベールがかかってダブルミーニング的になるし、英語にするとストレートな愛になる。これからも藤井風楽曲は日英セットでどうぞとおすすめしていきたいね。

MV

既に原稿用紙15枚分の分量を超えているのでさらっとだけ。

今作も「髭」ことMESS監督とのタッグ。2023年度以降、MESSYの登板頻度が上がり過ぎて肩壊さないか心配なレベル。元々色使いに定評のある監督だったが、今作はそのさらにさらに先をいくポップさとヴィヴィッドさで、おそらく『チャーリーとチョコレート工場』を相当意識したのではないだろうか。

風氏が演じたガイド役についても、やはジョニー・デップ扮するウィリー・ウォンカを彷彿とさせる。一方でコミカルさは『マスク』時代のジム・キャリーを感じる気もするし、帽子はジャミロクワイのジェイ・ケイっぽさある。色々な映像作品を参照しつつ、MESSY&KAZEの世界感を作り上げてるのも流石。

で、自分的には何よりもMichael Jacksonみを随所で感じた。ラストのジャケットファサァは勿の論、理想郷的ワンダーランドに連れていこうとするそのピュアネスこそがマイコーのイズムを継承するアーティストとして間違いないよなぁって思っちゃう。

藤井風が楽曲を通して、とても深いところに連れていってくれることを表現した彼らにしかなしえないMVに仕上がってる。拍手!

いかがだったろうか

「心は言葉を失くして」の対極をいく長い文章を読んでくれてありがとう。でも僕の役目はできるだけ言葉を尽くして風愛を語ることくらいだから。

まぁ色々書いたが、つまりは改めて藤井風は心地いいねってことに集約されるんだと思う。

次は日産スタジアムライブか、3rdアルバム発表か、はたまたそれ以外の何かかはわかんないけどなんにせよ楽しみね。

風を追うことができる日々に感謝し、心地よく日々を過ごすのみ。

 

それでは、お元気で。

 

 

 

 

 

.show-area{ display: inline-block; padding: 10px; border-radius: 5px; cursor: pointer; margin-bottom: 0; color: blue; }