記憶を消してしまいたい。
そして歌詞カードを片手に全神経を注ぎ込んで聴きたい。
僕の人生でそんなアルバムに出会うことが、あと何回あるだろうか。
まだ藤井風の『HELP EVER HURT NEVER』(以下HEHN)に出会っていない人を羨ましくすら思うことがある。一度知ってしまったら、もう二度と知らない状態には戻れないんだから。
HELP EVER HURT NEVER
あれは2019年。『何なんw』の衝撃を受け、絶対ライブ行きたい!と思うものの、そのままコロナに突入。先が見えない不安と人々の分断の時代。既に懐かしい気すらする、あの二度と戻りたくない日常。
そんな激動の時代に生まれた一筋の、しかし確かに煌めき、人々を照らす光こそ、『HEHN』であったと確信している。そしてその必要性や意義は古くなるどころか、今もなお高まり続けているくらいだ。
「常に助け、決して傷つけない」という「言うは易く行うは難し」の権化みたいな精神だが、この4年間聴き続けて思うのは、『HEHN』は戒めの音楽なんだろうな、ということです。
『LOVE ALL SERVE ALL』以降の楽曲と比較して、(自分を)静止し、諌める表現が多いのにあらためて気づいたということもあるんだけど、やっぱりそう思う。
『罪の香り』の「ちょっともうヤメたり」然り、『調子のっちゃって』の「ちょっと待ったって」然り。『特にない』だって、きっと本当は「特にある」んだよ。『もうええわ』だって、本当は囚われちゃうからこそ歌ってるはず。
藤井風はその無限の魅力により、とかく神格化されがち。でも実際には無様で、調子にのっちゃって、何度も肥溜めにダイブしちゃうただの青年なんですよ。そんなのは当たり前なんですよ、だって人間なんだから。
そんな一人の人間が藻掻いて苦しんで、昨日よりもちょっとだけ良い人間であろうとするからこそ響く。だから、究極的には「自己との対話」≒「インナーコミュニケーションアルバム」と言ってもいいかもしれん。
そして、自己を戒めるために祈りを捧げることをアルバム通して行ってる、というのが今の僕の解釈です。
僕ら聴き手はそんな彼の表現を借り、藤井風というフィルターを通して自分を覗き見ているんじゃないかな。まだまだまだまだ∞辿り着けない領域ではあるが、1ミリでも上に昇っていけるようこれからも精進していきたいね。
いかがだったろうか
最新曲『満ちてゆく』まで聴いて、藤井風は徹底してブレない、歌いたいことは変わらない、ただひたすらに、黄金の精神を貫き通しているということがわかる。
その原点とも言える『HELP EVER HURT NEVER』。僕はこんな音楽を聴くために、今まで音楽を掘り続けてきたのかもしれん。そんな衝撃は4年経っても変わらない。
この衝撃を更新するとすれば、きっとそれは藤井風なんだろうなと確信している。
2024年5月20日。HEHN、4歳の誕生日おめでとう!
まだ見ぬ/聴かぬ3rdアルバムも首を2キロくらいに長くして待ってる。
それでは、お元気で。